入院日記-7日目

さて、今日は午後から鎖骨プレート埋め手術です。


午前中は血液検査やレントゲン検査があります。
体を拭いたりして準備はOK。さて・・・。


後、三船さんHPを一寸更新。
所属チームマトリックスになったし2006年の活躍がプロフィールには書いてなかったので加筆。
マトリックスは関西のチームなので三船さんもミヤタの時より合宿参加が多いようです。
しかし、チーム活動はサテ置きまして、チームのHPは一寸力が入っていない。昔の実業団チームを思い浮かばせる。
綺麗に作って欲しいところです。


今私が入院している病院は天理市奈良市の境に近いところにある高井病院。
此処からは鉢伏峠が見える。元気になったら行きたいなー、と思って見ていたけど日曜日は三船さんが走っていたらしい。
マトリックスも練習であんなところを走るのかー。誰がコースを考えているのかな。ヤッサン監督かな。
ヤッサン監督は神様〜と呼ばれているが懐かしい。私が実業団に入って直ぐに「お、この人が安原さんか」と存在を知った。


私が自転車競技に参加したのは1985年の夏の第1回乗鞍HC、
その次は一寸間が開いて秋のグリーンピア三木だった。

乗鞍は一般で確かタイムは1時間3分だったと記憶している。グリーンピア三木はチャンピオンで13位だったか14位だったか。
ゴール前の上がりで皆がワーッと前に詰めるので何を慌てているのか?と思ったらゴールスプリントだった。
その事を当時のチームである東淀川のイトーサイクルのイトーレーシングチームで報告をするとソッコウで「登録しなはれ」


実際に登録をして選手達を見ると市民レースの選手よりスマートな人が多い。
大したことないのでは?と思って走り出して驚いた!こっちが遥かに強いわー。此処から真面目に練習に励みだした。
※一般的なロードでは細身の人が強かった。
 でもロードもピストも平地も上がりも強い人はガッチリタイプ。
高橋松吉さんと三浦監督がそう。安原さんと山田さんは平地での強さが印象的でした。琵琶湖ロード懐かしい。


1986年3月のチームロード、中々しんどかったけど良い体験だった。
そして4月に関西サイクルスポーツセンターの清水杯CB大会。この時に安原さんが登場していた。
松吉さんや上坂タックンも居たなー。三浦監督は居なかったかな?
初めてのポイントレースはしんどかったのを覚えている。ポジションが合ってなくてアチコチ痛かった。
クランク165mm調子出ないし、サドル高さ:730mmは高過ぎた。(今は705mmです)


何かその頃を思い出します。安原さん達と会話をしたことって無いけど古くからよく見掛ける人です。