岡崎和也君を想う

savy_wada2007-05-23

今日は広島出張。IBMサーバー導入講習の助手であった。
朝から珍しく新幹線に乗って広島入り。
例によって寝不足だったので仕事の間、眠かった〜。
帰りに広島焼きを食べた。特にどうということは無い。キャベツが多かったのが印象的でした。
水臭かったかな。
お土産を買って帰ろうとしたが広島駅では土産は饅頭しかなくて買うのを止めた。


広島に来て想うこと。広島焼きとか饅頭ではない。牡蠣でもない。(原爆ドームは別ね。)
岡崎和也君のことである。広島は彼の出身地である。

TOJ美濃ステージでも終盤で一人逃げて最後は集団に飲み込まれたが頑張った。旧ニッポの意地を見せてくれた。
高木さん写真では痙攣を抑えるためにピンで足のツボを突きながらの奮闘である。
私が彼の立場なら同じ事をしたやろなぁ、と思った。


彼を知ったのは随分前の事だ。私が30歳前半でロードレースに突入し、一度沈静化した後で枚方のポップコーンで
活動再開した頃だったと思う。(忘れた)ニフティの自転車フォーラムで知り合った高橋ダウト氏の紹介だった。
彼らは当時、スギノT&Hレーシングチームに所属していた。
ダウト氏(今は泥チーム所属でしたな)曰く、「インナーマン」と呼ばれていてインナーをえらい勢いで回して走る男だった。
真似をしようかと思ったけど止めました。
私には合いませんでしたわ。私は三船式が合う。(三船さんがインナー回し倒したら卒倒しますね。)


そんな彼だが病気になって自転車は二度と無理かも知れない、というのをダウト氏に聞いた。
岡崎君が自転車にどれだけ自己を投入し、未来に期待していたかを知っている私としては聞き捨てならぬ事態だった。
何としても励まして再び立たせなくては!!


彼はその時は大阪に居なくて実家のある広島の病院に居たのではなかったかー。(忘れた)
彼に励ましを!!
電話したか手紙書いたか忘れた。(大事な事を忘れるなよ、オッサン・・・。)
兎に角、励ました。「君は今は厳しいが必ず復活できる!諦めるな!諦めたアホやぞ、勝つまで止めるな!!」
といった内容だった。


その岡崎君が今ではアウターをしっかり踏んで頑張っている。
今は私の事など忘れているやろなー、と思いつつ遠くから眺めている。
でも傍を喘ぎながら走っているのに出くわすと「岡崎、頑張れー!!負けるなー!!」と怒鳴ってますが。
美濃のステージでもしっかり逃げたし他のレースでも存在感を示している。良かったなぁ、と彼を見る度に思う。
残念なのは彼が日本が主戦場である事。ヨーロッパで戦いたかったろうに。
でもナショナルチーム所属(でしたね?)なので三浦監督に膝詰対談やればスポットで連れて行ってくれるかな?


こうして思うと、やっぱり高卒でしかも裸一貫、いきなりオランダに飛び出して言った三船さんは別格やね。
「何考えてんねん?」と言われる際々の所に居る人物ですな。私はそういう三船さんが大変好きですが。


TOJ飯田ステージは最終走者、とブログには書いてありました。
http://d.hatena.ne.jp/masahikomifune2/20070523
でもリザルトには67位になってるよー。最下位はサウスオーストラリア選手の87位ですな。


※PS:実際は87人完走になっているがコース閉鎖もあり19人がフィニッシュラインを超えていないみたい
   ですね。とするとリザルト上では68位の選手が最後尾の筈ですが現場の様子、判りませんので正確
   な事は不明です〜、済みませんー。


飯田はいいだ。あざみラインも伊豆もいいだ。
是非とも東京で爆発してくれぃ、と思ってます。
何処でもソコソコに走れるオールラウンダーもいいけど三船さんのように特化したジャンルに強く挑戦する人が面白い。
平地&石畳&横風&下りの達人。(勿論、丘も関係なし、TTも悪くない。)
そしてムセウやチミルの眷属。頑健な様相はベルジャンみたいな。
しがらみが無ければ、なんだかんだ言いながらそのままベルギーで一生を送りそうですな。
ま、枚方在住の人なんで時々会えます。実家も城陽で大差無し。
ああ、良かったー、と嬉しく思う。